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しかし、オゾンホールが年を経るごとに大きくなりオゾンの減り方も激しくなっていることから、今後も紫外線が急速に増え、それにつれてがんや白内障が増加するという点では誰もが一致する。
ということは、すでに始まっているこのパニックが倍加することを意味する。
オゾン層の穴の発見。
このオゾンホールとは何なのだろう。
南極が長い冬を抜け出して春を迎えた1982年8月下旬、リューッホルム湾に面した昭和基地では気温が下がり始め、9月に入ってからは連日零下30度を割り込む厳しい寒さになった。
ついに9月4日には、零下45・3度を記録した。
1957年に基地が開設されて以来の最低気温であった。
当時、日本の第13次越冬隊員として成層圏のオゾン層の観測に当たっていた気象庁気象研究所の忠鉢繁さんは、この日にオゾンの全量が一153ドブソン単位(DU)まで下がったのを測定した。
夜になると、これが一140DUにまで低下した。
前夜まで300DUという正常値だったことから比べると、20パーセントも低い。
1961年からオゾン層の観測が続いている昭和基地で、こんな低い値は初めてだった。
これが局地的にオゾンが極端に少なくなる現象、後に「オゾンホール」(オゾン層の穴)と呼ばれるようになった最初の発見であった。
あまりに低いので機械の故障と思った忠鉢さんは、測定機器を再点検して測定を続けた。
オゾン量はさらに減少して10月に入ってついに120DUまで下がった。
しかし、不思議なことに、10月一18日になって気温が急上昇するとともに、オゾン量も正常値に戻った。
世界各地でオゾン層の観測が続けられてきたが、こんな異常現象が見つかったのは初めてのことだった。
この発見は、1983年秋の気象学会や国立極地研究所の気水圏シンポジウムで発表された。
だが、これが世界を大騒ぎに巻き込む発見だとは、誰も気づかなかった。
84年9月にギリシャで開かれた4年に一回のオゾン・シンポジウムで、忠鉢さんが初めて国際的にこの事実を報告したときにも、南極上空のオゾン層に関する発表はこれだけで、取り立てて反響もなかった。
同じ1982年に、イギリスのハリーベイ南極観測基地の越冬隊員のJ・F博士も、異常なオゾンの落ち込みに気づいていた。
しかし、「観測機械は旧式だし、オゾン層の観測を続けている米航空宇宙局(NASA)の人工衛星『ニンバス7号』が何の異常も探知していないし」と思い悩んだ。
そこで、本国から最新の装置を取り寄せて測定を継続したところ、84年の9月から10月にかけて再び著しい減少を確認した。
F博士は「これは地球に開いた穴だ」と呼んだ。
ここから、オゾンホールという言葉が広まっていくことになる。
博士はこの発見を、84年のクリスマスイブに『ネーチャー』誌に投稿したが、審査委員がその異常減少の意味を判断しかねて、掲載されたのは85年の5月16日号だった。
この論文は、フロンガスによるオゾン層破壊を強く示唆したもので大センセーションを巻き起こした。
同時に、専門家は頭を抱えた。
それまでのフロンガスによるオゾン層破壊を予測したコンピューター・モデルでは、南極のオゾンホールを想定したものは皆無だったからだ。
最初の謎は、ニンバス7号がこれだけ大きなオゾンホールを、なぜ捕らえられなかったのかという誰もが抱いた疑問だった。
ニンバスは1969年以来、TOMS(オゾン全量観測用分光機)やSBUV(オゾン全量・鉛直分布測定機)を積んで、オゾン量を観測していたのである。
この疑問は簡単に解けた。
人工衛星が送ってきたデータをコンピューターで解析する際、米国の専門家チームは測定エラーを排除してデータ処理を楽にするために、オゾン量の測定値が平均の3分の一よりも下回った場合には、そのデータを無視するようなプログラムを組んでいたためだった。
はからずも、そんな異常に低いオゾン値が観測される可能性を、まったく考えに入れていなかったことを白状したようなものだ。
データ分析のNASA(アメリカ航空宇宙局)が組織した約100人の科学者によって構成される「オゾン・トレンズ・パネル」の報告書(1988年3月)より。
また南極上空のオゾンは,とりわけ急激な減少がみられ,1979年と1987年の最少領域では50パーセントもの減少が報告されている。
NASAの高層大気研究計画部長のB・W博士は率直に「私たちはオゾン層の仕組みを分かつていると思い込んでいた。
科学者の思い上がりだったといわれても仕方がない」と後に語っている。
NASAや世界気象機関(WMO)など約100人の世界各国の専門家がデータを検討する「オゾン・トレンズ・パネル」を組織して、ニンバスが地上に送ってきた生のデータを過去に遡って分析し直した。
南極では、1970年末から80年ごろを境にして、毎年9月から10月にかけて上空のオゾン層が、オゾンの全量にして40パーセント以上も減ることが分かった。
同時に、その「穴」の広がり方もはっきりしてきた。
また、1978年10月と85年10月を比較すると、南極以外でも緯度によって、1・2パーセントから10・6パーセントも減っていることが明らかになった。
日本上空のオゾン層も2・5パーセントほど少なくなっていた。
NASAが、80年からのオゾンホールの消長を、コンピューターグラフィックで再現して10分間のビデオに収めたものがあるが、81年、83年、85年と1年おきに「穴」が大きくなり、最大になった87年には南米やアフリカの南端からオーストラリア、ニュージーランドの南部までも「穴」にすっぽり入ってしまった。
これが、冒頭のパニックを引き起こしたのだ。
89年も87年とほぼ同じ大きさのオゾンホールが観測された。
次いでNASAは、ノルウェー上空の北極圏でもオゾン層が隙間のように少なくなっているオゾンスリットを発見した。
それまではフロンがオゾン層を破壊するといっても、理論上の可能性に過ぎなかった。
それがにわかに現実味を帯びてきた。
1987年には、NASAの主導で160人の専門家がチリ最南端のプンタアレナスに集まって緊急のオゾンホール調査が行われた。
スパイ機として有名になったU2型機を改造したER2機に14種の測定機器を積み込み、オゾンホールの中を計2回飛行した。
これが、オゾン層論争に決着をつける重要な事実をつかんできた。
オゾンホールの中では、一酸化塩素が同高度の他の空域と比較して100〜500倍も高い濃度であることが突き止められた。
この一酸化塩素は明らかにフロンガスが分解してできたもので、一酸化塩素が多くなるに従ってオゾン量が薄くなっていることから、オゾンホールがフロンガスによってできたことは動かし難いものになった。
さらに、米国ワイオミング大学の研究者グループも、南極のマクマード米基地から観測気球を33回にわたって飛ばし、垂直方向からオゾン層を調べた。
その結果、オゾン層の減少は地上111〜20キロの層に限られ、衛星の測定では40パーセント程度の減少だったのが、気球の観測では高度によって最大90パーセントにも達していた。
この不自然な分布もフロンガス犯人説を裏づけるものとなった。
なぜ、南極の春にだけオゾンホールが現れるのだろうか。
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